ラブシックブルースでドバイGSに挑むL.バロシオ師、前職は映画監督の変わり種

2026年03月18日 12:25

 ドバイゴールデンシャヒーンにアメリカからラブシックブルースを送り込むL.バロシオ調教師は、元映画監督という異色のキャリアの持ち主。ドバイレーシングクラブ(DRC)がバロシオ師にインタビューし、公式サイトで半生を紹介している。

 ラブシックブルースは昨年7月のビングクロスビーステークスで重賞初制覇を飾ったが、それはバロシオ師にとって初のG1制覇でもあった。その後、ラブシックブルースはブリーダーズカップスプリント(6着)に駒を進め、前走はリヤドダートスプリント(5着)への遠征も果たした。

「私にとって天からの恵みだよ。そして夢が叶った」「神様がラブシックを私の人生にもたらし、世界を見るための扉を開いてくれた。人生で中東へ出かけるなんてことは全く考えもしなかったけど、本当に美しい。目を見張る美しさだ。今の自分の立場を本当に幸運だと思う」とラブシックブルースとの出会いに感謝するバロシオ師だが、これまでは全く異なる分野に身を置いていた。

 バロシオ師は米カリフォルニア州北部の湾岸地域の出身。カリフォルニア大学ロスアンゼルス校(UCLA)に進学して当初はアメリカンフットボールの選手として活躍したが、それで生活できる見込みはなかったことから、演劇の夜間クラスを経てUCLAの映画学校に入学し、映画制作を学んだという。

 そして、リー・リブラードとして知られるまでに成功。自主映画の製作のために資金を集め、何本かヒットを飛ばしたことで現在への足掛かりを得た。そうした中で転機が訪れる。いとこの婚約者が騎手から調教師に転じた人物で、バロシオ師に馬主の権利の一部を購入するよう勧誘。競走馬を所有して走らせることにより、大学時代にアスリートとして味わった高揚感がよみがえることにつながった。

「馬が直線に入ってきた時に、フットボールのフィールドに戻ったような気分に初めてなったんだ。ワォっ!という感じさ。あの興奮、あの馬を通じて生きているような感覚だね」。バロシオ師は1999年に調教師のライセンスを取得した。

 それ以降、バロシオ師は大物と呼べるような馬を手にすることはなく、2024年夏に生産者のN.アレクサンダー氏から下級レースで敗退したラブシックブルースを預けられた時も、その芦毛のセン馬が高みに昇っていくチャンスなどほとんどないように思われた。

 しかし、バロシオ師の管理となった8戦で、ラブシックブルースは全てステークスレベルを走り2勝、22回、31回、ビングクロスビーSで初めて最高レベルの成功を収めた。バロシオ師は「私はほとんど何もないところからプレーして、南カリフォルニアでいくつか大きなステークスを勝つことができた」「自分の未来は自分で切り開かなければならない。自分で実現させるんだ。そうしなければ、誰もそれを与えてくれないからね」と、これまでの道のりを振り返っている。