香港カップ

Hong Kong Cup

2017/12/10(日)17時30分発走 ※発走日時は日本時間

香港国旗シャティン競馬場

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日本馬挑戦の歴史

日本馬の歴史

フジヤマケンザンからモーリスへ、日本馬は20年余りで5勝

日本調教馬にとって香港カップは、これまで日本と香港をつなぐ架け橋のような役割を担ってきたと言っていいかもしれない。1993年に初遠征したナリタチカラは7着に終わったものの、翌年から2年連続で挑戦したフジヤマケンザンは1年目に4着。2年目の1995年には見事に1着とさっそく勝ち名乗りをあげた。1998年にもミッドナイトベットが優勝するなど、日本調教馬はナリタチカラの初参戦から3年に1頭のペースで優勝馬を輩出。日本馬の海外遠征が現在ほど活発ではなく、まして結果など期待しにくい時代にあって、関係者には大いなる刺激となったに違いない。

2001年には、G1に昇格していた香港Cにアグネスデジタルが挑戦し、単勝3.9倍の2番人気に支持された。レースでは不利な外枠12番からのスタートを余儀なくされたが、最後の直線で1番人気のトゥブーグを一騎打ちの態勢からねじ伏せ、アタマ差で勝利をもぎ取ってみせた。日本馬としてはミッドナイトベットから3年ぶり3回目の香港カップ制覇。この年は日本馬が香港国際競走で絶好調だったこともあり、このままコンスタントに白星を量産していけるのではないかと先行きを楽観するムードも漂いはじめた。

しかし、この勝利を最後に日本馬は白星に見放されてしまう。2006年にアドマイヤムーン、2013年にはトウケイヘイローが、ともに武豊騎手を背にして2着と惜しいレースを披露したものの、それ以外は2014年までの間に7回、延べ8頭が遠征しながら5着が最高。香港で一時代を築いたエイシンプレストンも2002年に5着、2003年は7着と結果を出せず、日本馬の苦戦が続いた。

そんな状況にようやく終止符を打ったのが2015年のエイシンヒカリだった。日本馬が苦戦中も孤軍奮闘していた武豊騎手が、世界一とも評される精密な体内時計でハイペースを演出すると、なし崩しに脚を使わされライバルたちは次々と失速。後方待機のヌーヴォレコルトを2着に引き上げる快足でレースを支配し、レースレコードの完勝で日本に14年ぶりとなる勝利をもたらした。

復活の狼煙をあげた日本馬は2016年にも5頭が大挙遠征すると、前年には香港マイルを制すなど日本の年度代表馬に輝き、春のチャンピオンズマイルも完勝してシャティンでの実績十分なモーリスが、出遅れをモノともせず直線で3馬身突き抜ける圧勝劇。総大将の期待に十二分に応えるとともに、自身の華々しいキャリアに最高の形で終止符を打った。

馬名 性齢 着順 騎手 調教師
1993 ナリタチカラ 牡5 7 武豊 大久保正陽
1994 フジヤマケンザン 牡6 4 蛯名正義 森秀行
1995 フジヤマケンザン 牡7 1 蛯名正義 森秀行
1996 シーズグレイス 牝3 9 福永祐一 森秀行
1997 サイレンススズカ 牡3 5 武豊 橋田満
1998 ミッドナイトベット 牡4 1 河内洋 長浜博之
2001 アグネスデジタル 牡4 1 四位洋文 白井寿昭
2002 エイシンプレストン 牡5 5 福永祐一 北橋修二
2003 エイシンプレストン 牡6 7 福永祐一 北橋修二
マグナーテン セ7 13 K.デザーモ 藤沢和雄
2004 ダンスインザムード 牝3 13 O.ペリエ 藤沢和雄
2006 アドマイヤムーン 牡3 2 武豊 松田博資
ディアデラノビア 牝4 7 福永祐一 角居勝彦
2007 シャドウゲイト 牡5 5 田中勝春 加藤征弘
2009 クィーンスプマンテ 牝5 10 田中博康 小島茂之
2013 トウケイヘイロー 牡4 2 武豊 清水久詞
2014 アルキメデス 牡5 7 岩田康誠 藤原英昭
2015 エイシンヒカリ 牡4 1 武豊 坂口正則
ヌーヴォレコルト 牝4 2 R.ムーア 斎藤誠
ステファノス 牡4 10 戸崎圭太 藤原英昭
サトノアラジン 牡4 11 J.マクドナルド 池江泰寿
2016 モーリス 牡5 1 R.ムーア 堀宣行
ステファノス 牡5 3 C.スミヨン 藤原英昭
ラブリーデイ 牡6 4 H.ボウマン 池江泰寿
クイーンズリング 牝4 9 M.デムーロ 吉村圭司
エイシンヒカリ 牡5 10 武豊 坂口正則
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