【凱旋門賞回顧】4歳牝馬ブルーストッキングが歴史的名牝級V、シンエンペラーと武豊騎手は無念の2ケタ着順
2024年10月07日 15:00
欧州最高峰のGI凱旋門賞が現地時間10月6日(日)、フランスのパリロンシャン競馬場2400m芝を舞台に行われ、イギリス調教馬のブルーストッキング(牝4=ラルフ・ベケット厩舎)が優勝。道中2番手追走から力強く突き抜けた。重馬場の勝ちタイムは2分31秒58。2着にはフランス調教馬のアヴァンチュール(牝3=クリストフ・フェルラン厩舎)が入り、今年の凱旋門賞は牝馬のワンツー決着となった。
一方、日本から参戦した坂井瑠星騎手騎乗のシンエンペラー(牡3=栗東・矢作芳人厩舎)は中団前めから運ぶも直線失速し12着。また、武豊騎手が騎乗したアイルランド調教馬のアルリファー(牡4=ジョセフ・オブライエン厩舎)は11着に敗れた。
米国、ドバイ、香港、豪州など世界各国の名だたるビッグレースを制してきた「世界の矢作厩舎」が満を持して送り出した3歳馬シンエンペラー。2020年凱旋門賞などGI・3勝馬ソットサスの全弟という良血馬で、2022年8月にフランスの1歳馬セールにおいて矢作調教師自らが最高額の210万ユーロ(当時のレートで約2億9000万円)で落札。その当時から「この馬で凱旋門賞に帰ってくる」と公言しており、その約束通り、しかも有力馬の1頭としてパリの地を踏んだのは「奇跡的な確率だと思う」と、指揮官はレース2日前にメディアの前で語っていた。そして、「その奇跡的な確率を成し遂げた馬だからこそ、チャンスがあると思っています」と、凱旋門賞Vが夢ではなく現実的なものとして十分な手応えをつかんでいたに違いない。
レースは、ライアン・ムーア騎手が手綱を握る今年の愛ダービー馬ロスアンゼルスがハナを主張するという驚きの序盤。だが、今年は誰が見ても混戦メンバーの上、明確な逃げ馬が不在という組み合わせの中で打ってきた意表を突く逃げの一手。有力候補の1頭だったとはいえ最終的に3着にまで粘り通したのだから、さすがワールドクラスの名手としか言いようがない。
そうした中で、シンエンペラーは発馬直後に外にヨレて隣の馬に接触する形にはなったが、ダッシュ良く4、5番手をうかがう勢いで飛び出した。相変わらず頭を高く上げる走法ではあるものの、そんな仕草も坂井騎手の手のひらの中。ほどなくして落ち着き、中団より前のポジション、しかも今回は他馬に囲まれない位置取りで折り合い良く追走しているように見えた。
「残念な結果にはなってしまいましたが、やりたいレースはできたかなと思います。馬の雰囲気も非常に良かったです。状態も前回(愛チャンピオンステークス3着)と比べても良かったですし、道中の雰囲気も良かったです」
坂井騎手はレース後、このようにインタビューで振り返っている。加えて「レース自体は楽しかったです。何もできなかったというわけでもなく、自分の思った通りにも乗れました」とも心境を明かした。また、師匠である矢作調教師も「非常に上手く乗っていたと思う」と語っていたことからも、道中の運びは満点に近かったのだろう。それだけに最後の直線は愛チャンピオンステークスを超える末脚を見たかったのだが、シンエンペラーは伸びることができなかった。
道中は特にトラブルがなかったにも関わらず最後は失速――となると、やはり敗因はパリロンシャン競馬場独特の深くて重い芝ということになってしまうのだろうか。調教師、ジョッキーともに「馬場を言い訳にしたくない」と話していたが、坂井騎手は「そこまで苦にしている感じはなかったのですが、結果的にちょっとずつ体力を削がれていたのかなという感じがします。最後の直線に向かって一気にペースが速くなった時について行けなくなってしまいました」とも。アイルランド・レパーズタウン競馬場の良馬場では適性を示すことができたが、同じ欧州でもパリロンシャンの重馬場は特殊。いかに凱旋門賞馬の全弟でも初体験でいきなり克服するには高い壁だったのかもしれない。
ただ、兄ソットサスも凱旋門賞を勝ったのは古馬になってから2度目での挑戦だった。シンエンペラー自身、まだまだ経験が少ないということはそれだけ成長の余地があるということ。矢作調教師は沈痛な面持ちながらも気丈に将来への期待、巻き返しを誓っている。
「なぜ負けたのか……ちょっと敗因がつかみ切れないところではありますので、そこをしっかりと分析して、次に日本に帰って、しっかり結果を出せるようにまたやっていきたいと思います」
挑戦はこれで終わりではない。「また来年」を合言葉に、ひと回り、ふた回り、それ以上に成長した姿で再びパリに帰ってくる――その日を日本の競馬ファンは今から楽しみにしている。
一方、1994年ホワイトマズルでの初騎乗から30年、11度目の挑戦となった武豊騎手の悲願もお預けとなった。コンビを組んだのは、ドウデュースのオーナーであり“盟友”でもある松島正昭氏がクールモアと共同所有する4歳牡馬のアルリファー。前走のGIベルリン大賞を5馬身差で圧勝しての参戦であり、武豊騎手も「ビッグオファー」と胸を高鳴らせてのチャレンジだった。
ただ、道中は折り合い良く進んでいたものの、ゲートで今一つダッシュが利かずシンエンペラーからおよそ2馬身後ろというポジション。武豊騎手は「スタートが良ければもう少し前を取りたかったですけど、スタートが遅かった。今までもそうだったのですが、その分かなというところはありますね」とレース後に語っており、ジョッキーが望む理想の位置取りではなかった。
そしてラスト勝負にかけたが、「最後の直線に向く手前であまり反応がなかったです」と、ベルリン大賞のような末脚爆発とはいかず。シンエンペラーをかわすのが精いっぱいの11着入線でレースを終えることになった。
「結果が全てですから、厳しい結果ですね」
しかし、我らが日本のレジェンドの炎が消えることは当然、ない。
「今日ここで乗れて幸せだなと思いましたし、本当、そういうレースですからね。良い結果を出せなかったですけど楽しかったですし、やっぱり(凱旋門賞は)いいなとつくづく思いました。いつか、応援してくれた方々に喜んでもらえる結果を出したいですね。まだまだ頑張りたいと思います」
武豊騎手、坂井騎手、矢作調教師ともにこの秋はまだ米ブリーダーズカップという大きな挑戦が待っている。今回結果が出なかった分まで、1カ月後のアメリカ大舞台での活躍を期待しよう。
今回、栄えある凱旋門賞馬となった4歳牝馬のブルーストッキングは12万ユーロ(約1900万円)の追加登録料を払っての出走。その成果が見事に実り、今シーズンだけでGI・3勝目となった。さらに7月にはこの路線のもう1つのビッグレースであるキングジョージ6世&クイーンエリザベスステークスでもオーギュストロダン、レベルスロマンスらに先着する2着と好走しており、名実ともに2024年最強馬の1頭と評価されることになるだろう。そして、前走の牝馬限定GIヴェルメイユ賞から続けて連勝を達成した馬は凱旋門賞を連覇したあの歴史的名牝トレヴまでさかのぼり、2013年以来の快挙となった。
また、2着に入った3歳牝馬アヴァンチュールも前走ヴェルメイユ賞から続けて2着。同レースは凱旋門賞と同じパリロンシャン競馬場2400m芝で行われており、4着ソジーも同条件で行われる前哨戦ニエル賞の勝ち馬だった。つまり、今年は雨模様の重馬場だったこともあって特にパリロンシャンに対する適性がモノを言う傾向が出ていたと言えるかもしれない。とすると、血統はバリバリの欧州馬でも日本育ちのシンエンペラーにはやはり厳しい条件下でのレースだったか。
なお、ブルーストッキングに騎乗して凱旋門賞ジョッキーとなったロッサ・ライアン騎手は2000年生まれの弱冠24歳。英リーディングでは2023年3位、今年も2位につけるなど大躍進中だ。ブルーストッキングとともに将来のスター騎手の名前もこれを機会にぜひとも覚えておきたい。
文: 森永淳洋