07/02 12:35
名種牡馬イントゥミスチーフ、ディープインパクトらに続いて大台到達
プロフィール
現代の競馬に不可欠な、計り知れない影響を及ぼした大種牡馬ノーザンダンサー。その誕生から半世紀余りが経った今もなお発展を続ける大系統にあって、中興の祖ともいうべき多大な貢献を果たしたのがサドラーズウェルズだ。
サドラーズウェルズの種牡馬としての実績はつとに知られるところだが、競走馬としても英愛でG1レース3勝という一流の成績を残している。ただ、その競走生活は同期で同じ父を持つヴィンセント・オブライエン厩舎の僚馬エルグランセニョールの影響下にあった。どちらも近親にG1馬を持つ良血馬ではあったものの、両馬を所有する名馬産家のロバート・サングスター氏をはじめとする陣営はエルグランセニョールを筆頭評価していた。
サドラーズウェルズは2歳時にデビュー2連勝でベレスフォードSを制すも、明け3歳初戦のグラッドネスSでエルグランセニョールとの直接対決に臨み初黒星。能力査定の意味も込められた一戦を制した勝者は英二冠の王道へ、敗者は愛2000ギニーから仏ダービーと使い分けられることになった。
そして、両雄はそれぞれの道で2000ギニーを制し、英仏のダービーへと駒を進めた。しかし、その結果は後の種牡馬生活を暗示するかのような内容となる。英ダービーのエルグランセニョールは愛2000ギニーでサドラーズウェルズの後塵を拝したセクレトに惜敗。仏ダービーのサドラーズウェルズもダルシャーンの2着に敗れたが、3着のレインボウクエストまでが後に凱旋門賞馬を輩出するなど種牡馬として大成功。一方のエルグランセニョールは受胎率の低さに悩まされ、セクレトともども大成できなかった。
その後、サドラーズウェルズは脚部不安を発症したエルグランセニョールに代わってエース格となり、エクリプスSで古馬を撃破。続くキングジョージ6世&クイーンエリザベスDSとベンソン&ヘッジスGC(現英インターナショナルS)は連敗するも、フェニックスチャンピオンS(現アイリッシュチャンピオンS)で3度目のG1制覇を果たし、凱旋門賞を最後に引退して種牡馬入りした。
十分に胸を張れる競走成績を残したサドラーズウェルズだが、本領発揮はむしろここからだった。3/4同血の伯父ヌレイエフをはじめ、活躍馬続出のファミリー出身という血の威力は凄まじく、初年度産駒のプリンスオブダンスとシーニックがデューハーストSで同着優勝すると、同世代のオールドヴィックは3歳で愛仏ダービー制覇、インザウィングスも4歳でBCターフ勝つなどいきなりブレーク。第3世代がデビューした1990年に早くも英愛リーディングサイアーとなると、翌年こそカーリアンにタイトルを明け渡すも、1992年以降は2004年まで13年連続で王座に君臨する。リーディング14回は1798年にハイフライヤーが樹立した歴史的記録を更新するものとなった。
そして、ガリレオとハイシャパラルの英ダービーをはじめ70頭を超える産駒が平地競走のG1を制し、そのうち31頭が種牡馬としてさらにG1勝ち馬を輩出するなど、サドラーズウェルズの血は圧倒的な成果とともに欧州のみならず世界へ拡散していった。
世界の主要地域においては、欧州ではガリレオから史上最強馬フランケルへ大系統を継承。ガリレオからはテオフィロへのラインも伸びている。欧州からアメリカへ送られたエルプラドはメダグリアドーロやキトゥンズジョイを輩出し、前者の産駒はボルトドーロが種牡馬としても成功。後者の産駒はロアリングライオンやカメコ、ホークビルら芝での活躍が目立っている。また、オセアニアではハイチャパラルからソーユーシンクの系統が確立されつつある。
日本ではサドラーズウェルズの直仔が50頭余りデビューし、重賞は1勝のみに終わった。その原因はスピード不足や単なる個体差など様々に言われて推測の域を出ないものの、血統を代われて種牡馬入りした全弟フェアリーキングの産駒には高松宮記念勝ちのシンコウキング、ジャパンC制覇のファルブラヴと同じく3着のエリシオがいる。ただ、ファルブラヴとエリシオは日本で種牡馬生活を送るも、後継となる産駒を残せなかった。
その一方で、サドラーズウェルズ産駒のオペラハウスはG1レース7勝のテイエムオペラオー、同じく4勝のメイショウサムソンといった大駒を輩出。インザウィングスからシングスピールを経由するロゴタイプが2歳王者となったほか、キトゥンズジョイ産駒のジャンダルムはスプリンターズSを制した。また、フランケル産駒のモズアスコットは芝とダートでG1勝ち、ソウルスターリングはオークス制覇、グレナディアガーズも朝日杯フューチュリティS勝ちと、代を経るごとにスピードへの対応力を上げている。これらの中には種牡馬入りした馬も多く、将来的に日本で枝を伸ばしていく可能性が少なからずある。
| 生年 | 1981 |
|---|---|
| 性別 | 牡 |
| 毛色 | 鹿毛 |
| 父 | Northern Dancer |
| 母 | Fairy Bridge |
| 母父 | Bold Reason |
| 調教師 | V.オブライエン |
| 生産者 | Swettenham Stud & Partners |
| 馬主 | Robert E.Sangster |
| 通算成績 | 11戦6勝[6-3-0-2] |
| 開催日 | 場所 | レース名 | 動画 | 着順 | 騎手 | トラック | 距離 | 馬場状態 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1984/10/07 | ロンシャン | 凱旋門賞(G1) | 8 | P.エデリー | 芝 | 2400 | 重 | |
| 1984/09/08 | フェニックスパーク | フェニックスチャンピオンステークス(G1) | 1 | P.エデリー | 芝 | 2000 | 良 | |
| 1984/08/21 | ヨーク | ベンソン&ヘッジズゴールドカップ(G1) | 4 | P.エデリー | 芝 | 2100 | 良 | |
| 1984/07/28 | アスコット | キングジョージ6世&クイーンエリザベスダイヤモンドステークス(G1) | 2 | P.エデリー | 芝 | 2400 | 良 | |
| 1984/07/07 | サンダウン | エクリプスステークス(G1) | 1 | P.エデリー | 芝 | 2000 | 良 | |
| 1984/06/03 | シャンティイ | 仏ダービー(G1) | 2 | P.エデリー | 芝 | 2400 | 不良 | |
| 1984/05/19 | カラ | 愛2000ギニー(G1) | 1 | G.マクグラス | 芝 | 1600 | 良 | |
| 1984/05/05 | レパーズタウン | 愛ダービートライアルステークス(G2) | 1 | G.マクグラス | 芝 | 2000 | 良 | |
| 1984/04/14 | カラ | グラッドネスステークス(L) | 2 | G.マクグラス | 芝 | 1400 | 良 | |
| 1983/10/08 | カラ | ベレスフォードステークス(G2) | 1 | P.エデリー | 芝 | 1600 | 重 | |
| 1983/09/17 | レパーズタウン | 未勝利戦 | 1 | P.エデリー | 芝 | 1400 | 良 |
| 距離 | 1着 | 2着 | 3着 | 4着以下 | 出走回数 | 勝率 | 連対率 | 3着内率 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| ~1400m | 1 | 1 | 0 | 0 | 2 | 50% | 100% | 100% |
| 1401m~1800m | 2 | 0 | 0 | 0 | 2 | 100% | 100% | 100% |
| 1801m~2100m | 3 | 0 | 0 | 1 | 4 | 75% | 75% | 75% |
| 2101m~ | 0 | 2 | 0 | 1 | 3 | 0% | 67% | 67% |
| 馬場状態 | 1着 | 2着 | 3着 | 4着以下 | 出走回数 | 勝率 | 連対率 | 3着内率 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 良馬場 | 5 | 2 | 0 | 1 | 8 | 63% | 88% | 88% |
| 稍重馬場 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0% | 0% | 0% |
| 重馬場 | 1 | 0 | 0 | 1 | 2 | 50% | 50% | 50% |
| 不良馬場 | 0 | 1 | 0 | 0 | 1 | 0% | 100% | 100% |