プロフィール

光が眩しいほど影は暗くなるというが、そのコントラストをシャーガーほど鮮明にした名馬もいないだろう。アイルランドの国民的ヒーローとして愛された華やかな現役生活から、引退後の誘拐劇に暗転する生涯は競馬史最大のミステリーとして語り継がれている。

「この馬はあなたが待ち続けてきたそれですよ」。調教担当のC.ラインズ氏がM.スタウト調教師に伝えたという言葉通り、シャーガーはデビュー前から関係者に特別な何かを感じさせるサラブレッドだった。それはニューベリー競馬場の2歳コースレコードをマークした初陣で早くも証明される。2戦目で挑んだフューチュリティステークスこそ2着に敗れたものの、明け3歳で破格のパフォーマンスを連発。名声を欲しいままにしていく。

3歳を迎えたシャーガーは、この年から厩舎の主戦となった弱冠19歳のW.スウィンバーンと新コンビを組み、英・愛ダービー戦線へ矛先を向けた。初戦を10馬身差、次戦を12馬身差と前哨戦で連勝すると評価も急上昇。英ダービーのオッズは年明けの前売り34倍から1.9倍の圧倒的1番人気に変化した。本番ではスウィンバーンの経験不足が不安視されたが、それも杞憂に終わる。直線早々に先頭へ躍り出たシャーガーは見る見る差を開き、ゴール前の100ヤードほどを流してゴール。英ダービー史上最大の10馬身差で圧勝した。

続く愛ダービーではスウィンバーンの騎乗停止を受けて名手L.ピゴットが2歳時以来となる手綱を取り、直線はキャンターにも見える軽やかな走りで4馬身差の大楽勝に導いた。あまりの圧勝劇が続いたため、いわゆる世代レベルを疑う意見も相次いだが、シャーガーは次戦のキングジョージ6世＆クイーンエリザベスDSでも、古馬たちを楽々と4馬身突き放して雑音を封じてみせた。

しかし、これがシャーガーにとって最後の勝利だった。その後、英セントレジャーに向かったものの、出遅れて後手に回ると一度も先頭に立つことなく、まさかの4着に敗れてしまう。敗因を長い距離に求めた陣営は、目標としていた凱旋門賞に使うことなく引退を決めた。

巨額のシンジケートとともに種牡馬入りが決まっていたシャーガーは、繋養先の愛バリーメニースタッドがあるニューブリッジの街をパレードするなど、英雄にふさわしい歓待を受けた。しかし、2年目の繁殖シーズンに入る直前の1983年2月8日、霧が深く立ち込める夜に世界の競馬界を揺るがす大事件に巻き込まれてしまう。

銃などで武装した集団がバリーメニースタッドを襲撃。シャーガーを誘拐して姿をくらまし、身代金を要求する事件が発生した。ところが、アガ・カーン殿下をはじめ所有者側が類似事件の再発を危惧して拒絶すると、シャーガー奪還の手がかりを失うことになった。

シャーガーの捜索は英・愛メディアを挙げての大騒動となり、ダブリン市警は15万ドルの懸賞金を用意するほどだったが、行方をつかめないまま時間だけが流れていった。その間に英国からの北アイルランド分離独立を主張する過激派組織（IRA）が、活動資金を得るために起こした犯行とする説が有力視されることもあった。しかし、あらゆる説が浮かんでは消え、真相に迫ることなく今日に至っている。