凱旋門賞 2023/10/1(日) 23:05発走 パリロンシャン競馬場

沿革HISTORY

凱旋門賞(G1)
2023年10月1日 (日) 23:05[現地時間 2023年10月1日 (日) 16:05]
フランス パリロンシャン競馬場
芝右2400m 3歳以上 牡・牝
負担重量:4歳以上=牡馬59.5kg、牝馬 58kg 3歳=牡馬 56.5kg、牝馬 55㎏

賞金総額:約7億9000万円(500万ユーロ)
1着賞金:約4億5000万円(285万7000ユーロ)
※1ユーロ=158円で換算



フランスのパリにロンシャン競馬場が開設されたのは1857年。それをきっかけにフランス馬種奨励改良協会は、ブローニュの森に開かれたタフな競馬場でさまざまな国籍のサラブレッドを競わせ、最高の馬を発掘する野心的なプロジェクトを構想した。

その第一歩として、3000m以上の距離で仏ダービー馬と英ダービー馬を競わせることを狙いとするパリ大賞を1863年に創設。30年後の1893年には、若駒の成長期間に配慮した上で、秋の10月初旬に3歳馬と年長馬が2400mで対戦するコンセイユミュニシパル賞(現在のコンセイユドゥパリ賞)が2つ目の国際レースとして創設された。

第一次世界大戦が終結後の1920年、馬種奨励改良協会は戦時下で衰退した競馬産業の再生を期し、サラブレッド繁殖のショーケースを企画。コンセイユミュニシパル賞と同日、同距離で、馬齢による斤量差だけの対等な条件で競わせる新しいレースを創設する。当時、ヨーロッパのレースカレンダーでは10月の第1日曜日が空いていた。

時をさかのぼって1919年7月14日、連合軍はフランス軍に敬意を表して戦勝記念碑でもあるエトワール凱旋門の下をパレードしていた。凱旋門賞というレースは1882年以来、地味な条件戦のレース名として使用されていたが、勇壮なパレードの光景は新しいレースを華々しくアピールしたい協会のイメージ戦略にも合致。こうして名称が引き継がれ、今日まで続く凱旋門賞の誕生となった。

その後、第二次世界大戦中には大きな影響を受け、1939年と1940年は開催を中止。1943年と1944年にはトレンブレー競馬場の2300mでの開催となる。また、ロンシャン競馬場の改修工事に伴い、2016年と2017年はシャンティイ競馬場で代替開催された。

レースは地元のフランス馬が優勢で、勝率は2022年までの101回で7割に迫る。ただ、1990年から2009年までの20回ではフランス勢が14勝(勝率7割)と歴史通りに圧倒していたが、2010年以降の13回では5勝と勝率4割にも満たない。その間は英国調教馬が5勝でフランスに並び、ドイツ調教馬が2勝、アイルランド調教馬が1勝と、近年は優勝国が分散傾向にある。ドイツの2勝は2011年のデインドリーム、2021年のトルカータータッソだが、ドイツ調教馬は2000年までの79回で1勝しかしていなかった。

また、傾向の変化は2005年に仏ダービーの距離が2400mから2100mに短縮されたこととも関係が深そうで、1990年から2006年までの17回ではフランスの3歳牡馬が計11勝と他を圧倒していたが、2007年以降の16回では1頭も優勝していない。この期間に台頭したのが牝馬で、トレヴとエネイブルの連覇を含む計9勝を記録している。牝馬は1931年のパールカップから2022年のアルピニスタまで計25勝。それらの比率においても近年の躍進が表れている。

欧州域外からは未勝利で、2着まで対象を広げても日本のエルコンドルパサー(1999年)とナカヤマフェスタ(2010年)、オルフェーヴル(2012、2013年)、ニュージーランドのバルメリーノ(1977年)の4頭(計5回)しかいない。

日本調教馬は2022年まで30頭が計33戦し、前記3頭による2着(計4回)が最高。欧州域外からの挑戦としては健闘しているが、これらの他に5番手以内でゴールしたのはディープインパクト(3位入線後に失格)、キズナ(4着)の2頭しかおらず、2014年以降は計17頭が18戦して10着以下が13頭(14回)と不振に陥っている。

なお、3歳馬と4歳以上の古馬との比較では歴史的に3歳馬が優勢だが、21世紀以降は3歳馬が11勝、古馬が11勝と互角。最近10回の3歳馬は3勝にとどまり、そのうち2勝には連覇を果たしたトレヴとエネイブルが3歳時に挙げた物が含まれる。

連覇は上記のトレヴ(2013、2014年)とエネイブル(2017、2018年)のほかにクサール(1921、1922年)、コリーダ(1936、1937年)、タンティエーム(1950、1951年)、リボー(1955、1956年)、アレッジド(1977、1978年)の7頭が達成。これにモトリコ(1930、1932年)を加えた計8頭が2勝し、3勝以上した馬は存在しない。また、2勝目を狙うも失敗した馬は18頭。前年の敗戦から巻き返して翌年に優勝した馬は15頭いる。

人物ではL.デットーリ騎手の6勝、A.ファーブル調教師の8勝がそれぞれ最多となっている。