日本馬挑戦の歴史
12戦3勝、2着3回……日本調教馬が好実績を残すフォワ賞
1990年代の後半からコンスタントに海外遠征するようになってきた日本調教馬だが、フォワ賞との関係はそれよりも10年ほど早く、1986年にシリウスシンボリが初参戦した。ダービー制覇後に2年近く欧州滞在したシリウスシンボリは、各地で10戦以上転戦するも未勝利で、唯一の連対を果たしたのがこのフォワ賞(2着)。続く凱旋門賞には史上最高と称される強豪が集結したこともあり、優勝馬ダンシングブレーヴらの前に跳ね返された。
2頭目の挑戦者は1997年のサクラローレル。前年の年度代表馬と十分な実績を備え、欧州で多数の活躍馬を輩出していたレインボークエスト産駒という血統的魅力を併せ持っていた。しかし、レース中に屈腱不全断裂の深手を負ってまさかの最下位。目標としていた凱旋門賞出走は叶わなかった。
その2年後、初勝利を飾ったのがエルコンドルパサーだった。シリウスシンボリのように欧州での長期滞在を選び、5月のG1イスパーン賞2着、7月のG1サンクルー大賞1着と大きな成果を挙げた。現地3戦目のフォワ賞はわずか3頭立てとなり、エルコンドルパサーが先頭でマークを受ける立場。仕掛けのタイミングで体半分ほどかわされたものの、余力十分に差し返して関門を突破した。迎えた凱旋門賞では再び逃げると、直線で後続を突き放し勝利を予感させたが、モンジューの豪脚に惜しくも半馬身差で屈した。
凱旋門賞制覇に向けてエルコンドルパサーが大きな成果を残したものの、次なる挑戦者が現れるまでには11年の歳月を要すことになる。4頭目の挑戦者となった2010年のナカヤマフェスタは、エルコンドルパサーと同じ二ノ宮敬宇調教師、蛯名正義騎手に導かれて渡仏。フォワ賞で3/4馬身差の2着と遠征初戦としては上々の内容を残す。凱旋門賞では残り300mから英ダービー馬ワークフォースと一騎打ち。アタマ差の2着の惜敗を喫したものの、勝利へあと一歩まで近づいた。
ナカヤマフェスタは翌年もフォワ賞から凱旋門賞を目指したものの結果を残せず。一方、ともに挑んだヒルノダムールがフォワ賞で短クビ差2着に激走し、エルコンドルパサーやナカヤマフェスタのような本番での好走を期待させた。しかし、3週後の凱旋門賞では10着と、見せ場を作るには至らなかった。
この後も日本調教馬の挑戦は続き、2012年と2013年には三冠馬オルフェーヴルがフォワ賞連覇を果たす。遠征馬ながら圧倒的な人気を集めて当然のように勝利を収める姿には、もはや挑戦者の気後れなど感じさせなかった。しかし、2012年の凱旋門賞では大外から豪快に突き抜けながら、まさかの急失速で2着。2013年は女傑トレヴの前になす術なく、またも2着に敗れて凱旋門賞制覇は夢と消えた。
オルフェーヴル連覇から4年後の2017年には、G1レース2勝のサトノダイヤモンドが、僚馬サトノノブレスを伴ってフォワ賞に挑むも4着。凱旋門賞でも15着に終わっている。
年 | 馬名 | 性齢 | 着順 | 騎手 | 調教師 |
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2017 | サトノダイヤモンド | 牡4 | 4 | C.ルメール | 池江 泰寿 |
サトノノブレス | 牡7 | 6 | 川田 将雅 | 池江 泰寿 | |
2013 | オルフェーヴル | 牡5 | 1 | C.スミヨン | 池江 泰寿 |
ステラウインド | 牡4 | 5 | 武 豊 | 尾関 知人 | |
2012 | オルフェーヴル | 牡4 | 1 | C.スミヨン | 池江 泰寿 |
アヴェンティーノ | 牡8 | 5 | A.クラストゥス | 池江 泰寿 | |
2011 | ヒルノダムール | 牡4 | 2 | 藤田 伸二 | 昆 貢 |
ナカヤマフェスタ | 牡5 | 4 | 蛯名 正義 | 二ノ宮 敬宇 | |
2010 | ナカヤマフェスタ | 牡4 | 2 | 蛯名 正義 | 二ノ宮 敬宇 |
1999 | エルコンドルパサー | 牡4 | 1 | 蛯名 正義 | 二ノ宮 敬宇 |
1997 | サクラローレル | 牡6 | 8 | 武 豊 | 小島 太 |
1986 | シリウスシンボリ | 牡4 | 2 | M.フィリペロン | 二本柳 俊夫 |