香港マイル

Hong Kong Mile

2018/12/9(日) 16:55発走

香港国旗シャティン競馬場

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日本馬挑戦の歴史

日本馬の歴史

厚みを増す地元勢に楔(くさび)を打ち込み続ける日本調教馬たち

G1昇格は香港カップより1年遅い2000年だが、香港マイルに出走した日本調教馬は香港国際競走の4レースの中で最多の延べ37頭を数える。魅力的な賞金規模もあり、日本のトップマイラーが数多く挑戦してきた。

2001年は、後に大きな足跡を残すことになるエイシンプレストンが香港に初上陸。連れ立って香港マイルに挑んだゼンノエルシドが1番人気で迎えられたのに対し、エイシンプレストンは6番人気でしかなかったが、レースでは中団を追走したエイシンプレストンが末脚爆発。2着馬にマイル戦では決定的な3馬身余りの大差をつけ、日本調教馬として初の凱歌をあげた。

日本馬は翌年にトウカイポイントとアドマイヤコジーン、2003年にもローエングリンとアドマイヤマックスが、それぞれ3着と4着に食い込む健闘。ドージマムテキが初連対を果たした1996年からこの年まで計11頭が香港マイルに出走し、5着以下は3頭だけと堅実な活躍を続けた。

そして2005年、時間の問題と思われていた2勝目がハットトリックによってもたらされる。直前のマイルCSでG1初制覇を飾ったハットトリックは課題のゲートを決められず、3コーナーを後方2番手で迎える苦しい展開。しかし、鞍上のO.ペリエ騎手に早めに促されて大外から直線に進入すると、中団を追走したアサクサデンエンら粘るライバルたちを次々と抜き去り、ゴールに弾丸シュートを突き刺した。

ところが、この勝利を最後に日本調教馬は香港マイルでの存在感を低下させていく。2006年からは地元の香港勢が急激に力をつけ、2014年まで9連勝と遠征馬たちを寄せつけない。この間、日本馬は延べ11頭が挑戦して3着1回、4着2回と、それ以前の10年間とは対照的に精彩を欠いた。

しかし、香港勢の10連覇を阻止したのも日本調教馬だった。安田記念、マイルCSを連勝し、名実ともに最強マイラーの座に就いたモーリスが2015年に地元の雄エイブルフレンドと下馬評通りの一騎打ちを展開。一進一退の追いくらべを演じた末に香港最強馬をねじ伏せ、アジア最強マイラーへと登り詰めた。

馬名 性齢 着順 騎手 調教師
2017 サトノアラジン 牡6 11 H.ボウマン 池江泰寿
2016 ロゴタイプ 牡6 5 M.デムーロ 田中剛
サトノアラジン 牡5 7 川田将雅 池江泰寿
ネオリアリズム 牡5 9 R.ムーア 堀宣行
2015 モーリス 牡4 1 R.ムーア 堀宣行
ダノンプラチナ 牡3 7 蛯名正義 国枝栄
フィエロ 牡6 9 M.デムーロ 藤原英昭
2014 グランプリボス 牡6 3 岩田康誠 矢作芳人
ワールドエース 牡5 4 Z.パートン 池江泰寿
フィエロ 牡5 6 福永祐一 藤原英昭
ハナズゴール 牝5 8 N.ローウィラー 加藤和宏
2012 サダムパテック 牡4 6 武豊 西園正都
グランプリボス 牡4 12 内田博幸 矢作芳人
2011 アパパネ 牝4 13 蛯名正義 国枝栄
2010 エーシンフォワード 牡5 4 岩田康誠 西園正都
2008 スーパーホーネット 牡5 5 藤岡佑介 矢作芳人
2007 コンゴウリキシオー 牡5 9 藤田伸二 山内研二
2006 ダンスインザムード 牝5 12 武豊 藤沢和雄
2005 ハットトリック 牡4 1 O.ペリエ 角居勝彦
アサクサデンエン 牡6 6 藤田伸二 河野通文
2004 デュランダル 牡5 5 池添謙一 坂口正大
テレグノシス 牡5 14 横山典弘 杉浦宏昭
2003 ローエングリン 牡4 3 K.デザーモ 伊藤正徳
アドマイヤマックス 牡4 4 福永祐一 橋田満
テレグノシス 牡4 7 勝浦正樹 杉浦宏昭
2002 トウカイポイント セ6 3 蛯名正義 後藤由之
アドマイヤコジーン 牡6 4 武豊 橋田満
2001 エイシンプレストン 牡4 1 福永祐一 北橋修二
ゼンノエルシド 牡4 14 O.ペリエ 藤沢和雄
1999 ミッドナイトベット 牡4 8 O.ペリエ 長浜博之
1998 ロイヤルスズカ 牡5 4 横山典弘 橋田満
1997 シンコウキング 牡6 3 武豊 藤沢和雄
1996 ドージマムテキ 牡6 2 村本善之 森秀行
1995 ドージマムテキ 牡5 5 柴田善臣 森秀行
1994 ゴールドマウンテン 牡5 8 増井裕 佐山優
1993 トモエリージェント 牡5 14 根本康広 増沢末夫
1993※ ホクセイシプレー 牡5 14 須貝尚介 須貝彦三
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