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【世界の騎手紹介 Vol.26】ビクター・エスピノーザ

2019年04月17日 15:00

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2017年にアメリカ競馬の殿堂入りを果たした名手であるビクター・エスピノーザは1972年5月23日、メキシコ生まれ。12人きょうだいの11番目で、兄のホセも2001年のアメリカのG1マンハッタンハンデキャップをミッションアプルーヴドで制した元騎手。両親は農場を営んでおり、幼少期から馬に乗って育った。

やがて騎手学校に入学。交通事故が多発するメキシコシティーでバスの運転手をして学費を払った。のちにエスピノーザ騎手は「メキシコでバスの運転をする方が騎手としてレースに出るよりもずっと難しい」と語っている。

初勝利は20歳の時(1992年6月14日)で、メキシコのラスアメリカス競馬場で挙げたもの。その後、アメリカに渡り、主に北カリフォルニアのベイメドウズ競馬場やゴールデンゲートフィールズ競馬場での活躍を経て、1995年に南カリフォルニアに拠点を移した。

大きくブレイクしたのは2000年。7月にアーリーパイオニアでハリウッドゴールドカップを制してG1初制覇を果たすと、秋にはスペインでG1ブリーダーズカップディスタフも制して、一気にトップジョッキーの仲間入りを果たすと、以降は毎年のようにG1勝ちをマーク。

2002年にはウォーエンブレムでG1ケンタッキーダービーとG1プリークネスステークスの米2冠、2014年もカリフォルニアクロームで同じく米2冠を制覇。そして2015年にはアメリカンファラオで米三冠にチャレンジして、見事に3頭目となる偉業を成し遂げた。アメリカンファラオではその後、G1ブリーダーズカップクラシックも制して史上初の“グランドスラム”も達成している。そのほか、カリフォルニアクロームでG1ドバイワールドカップにも優勝。また、2006年には桜花賞馬ダンスインザムードとのコンビでG3キャッシュコール招待ステークスも制している。

2018年7月22日に調教中に騎乗馬が故障して落馬。第三頸椎を骨折する大怪我を負って長期の戦線離脱を余儀なくされたが、2019年2月18日に嬉しい復帰を果たしてくれた。

近年のG1勝ち
2018年:
ゴールドCアットサンタアニタS(アメリカ):アクセラレイト
サンタアニタH(アメリカ):アクセラレイト

2017年:
クレメントL.ハーシュS(アメリカ):ステラーウインド
ビホルダーマイルS(アメリカ):ステラーウインド

文:秋山 響(TPC)

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